イタリアには、「イタリアの最も美しい村々」という組織があり、歴史、アート、文化、環境、伝統において特異な小さな村を認定して、観光プロモーションの一環として活動している。
フランスにも同様の組織があり、そちらのほうが歴史は古い。
「イタリアの最も美しい村々」活動は、2016年現在でまだ15年といったところだ。
現在登録された村は全部で254、その内訳は以下の通り。
- ヴァッレ・ダオスタ州:2
- ピエモンテ州:10
- リグーリア州:21
- ロンバルディア州:19
- トレンティーノ=アルト・アディジェ州:8
- ヴェネト州:7
- フリウリ=ヴェネツィア=ジュリア州:10
- エミリア=ロマーニャ州:12
- トスカーナ州:19
- ウンブリア州:23
- マルケ州:22
- ラツィオ州:14
- アブルッツォ州:23
- モリーゼ州:4
- カンパーニア州:10
- プーリア州:10
- バジリカータ州:6
- カラブリア州:10
- シチリア:19
- サルデーニャ州:5
この数は、今後も増減するだろう。村の保存状態によっては、登録を取り消されることがあるらしい。
全ての州に美しい村が点在するイタリアは、まさに観光大国。どこへ旅行に出かけても、その近くに美しい村は存在し、ちょっと足を延ばせば旅のアクセントになる。
これから、筆者自身が添乗員として実際に訪れた美しい村を、少しずつ紹介する。第1回目はリグーリア州トリオーラだ。
トリオーラへ
ピエモンテからリグーリアへの旅は、とにかく山道の連続だ。
その日、ズッカレッロ(美しい村)を訪れたのち、バスはくねくねと曲がりくねった山道をひたすら走った。
山道といっても標高の低いところもあるが、トリオーラが近づくにつれて気圧が変わり、耳が痛くなるほど登ってきた感じだ。イタリアの9月はまだまだ暑い日もあるが、山の上はずいぶんと涼しい。
ドライバーは、だんだん細くなる道を注意深くバスを進めていく。対向車が来るたび止まっては、ぎりぎりの道路ですれ違う。
もういくつカーブを過ぎただろうか、その時、左側の眼下にイタリアらしい赤い屋根の家並みが、鷹巣村のように寄り添っている小さな町が見えた。
その家並みは、モリーニ・ディ・トリオーラ、トリオーラの一部らしい。
そのうち、山ばかりだった車窓は、家並みに変わった。
トリオーラ到着だ。
村でたった1本の州道を進むと、ほどなく村で唯一のホテル、Hotel Colomba D’Oroが見えてきた。
今回のリグーリアの旅のメインとなるアプリカーレ(美しい村)への日帰りがあるため、ここに4泊する予定だ。
古い木枠に硝子がはめ込まれた、よく使い込まれたドアを開けると、上品なマダムが出迎えてくれた。
ここのオーナーのようだ。
チェックインの手続きを済ませて、部屋へと向かう。2階建ての長い棟の建物は、かなり客室も多いようだが、この時の宿泊者は私たちのグループだけだった。
アサインされた部屋は2階だった。
部屋には内線用の電話しかない。そのかわりといってはなんだが、Wi-Fiは通じる。携帯やスマートフォンが普及している今では、あまりホテルから電話することはないと思うが、ないのは少し違和感がある。
部屋のテラスに出てみた。
一面にリグーリアの深い山並みが広がっている。
雲で陽が出ていない夕暮れ時のため、山全体は黒一色だ。夜には漆黒の闇となる。
ホテルでの夕食に、トリオーラの地ビールがあるということで頂いた。ホワイト、ピルスナー、エールの3種類があるというので、毎日1種類ずつ頼んだ。
魔女の村
標高が高いため、朝は町全体が霧に包まれる。
ツアーの参加者は、スケッチが目的の人達だ。美しい村を移動して、その村々をスケッチしていく。
そのため、着いた日の翌朝は必ず村全体をロケハンをする。
まずは、州道に沿って村の中心へ。ホテルは村の低いところに建っているので、行きはひたすら登り坂だ。
標高776mに位置するトリオーラは、12世紀以降キリスト教会の主導による魔女狩りが行われたところ。
その後、1588~’89年に行われた魔女裁判の記録が、村の中央にある「民族と魔術の資料館」に納められている。
「イタリアの最も美しい村々」に登録された各村は、それぞれの特徴をニックネームで表している。トリオーラは「魔女の村」だ。
その資料館の前がちょっとした広場になっており、おそらくトリオーラの中心だろう。
ここを基点に、細い路地が迷路のように伸びていて、ときおり自分のいる位置が分からなくなる時がある。
路地のところどころに、薄暗いアーチがある。他の明るいイタリアらしい町や村では、アーチもそこの味となってよいのだが、トリオーラにあるアーチは少々不気味でさえある。
いったいトリオーラのどこが、美しい村なのだろうか。
とにかく、路地に沿ってあちこち歩いてみる。
村の一番高いところにあるのは、サン・アゴスティーノ教会。正面に宗教画が描かれている、美しい教会だ。
教会の前は、少しだけ早く始まった紅葉に地面一面染められ、一幅の絵のように美しい。
今度は、路地に沿って下っていく。
ホテルのあるところより、さらに下ると草地が広がり、その奥に素晴らしい教会がある。
サン・ベルナルディーノ教会だ。
実は、トリオーラの美しさを確認するのに最も適した場所は、Hotel Colomba D’Oroの広い敷地のテラスだった。
昨晩食事をした、ホテル1階のレストラン前がテラスになっており、テーブルといくつかの椅子が置かれている。
村の中のレストランで食事を済ませたのち、ホテルへ戻って仕事をしようと思ったのだが、このテラスに誘われて、ついつい地ビールを頼んでしまった。
村はホテルの北側にあり、一日中陽の光が村を照らしている姿を見ることが出来る。
朝は、村の向こうから太陽が昇るため濃い紫色のシルエット、昼は赤い煉瓦屋根と石造りの家並みいっぱいに陽の光が当たり、夕暮れはそれがオレンジ色に染まる。
そして、(南側へ)振り返れば、昼は少し紅葉が入り交じった緑、夜は黒々としたリグーリアの山々。
ここにいれば、トリオーラの魅力が全て自分のものになる。
唯一のパン屋
ホテルから村の中心へと続く道を50mほど行くと、1軒のパン屋がある。
パン屋といっても、しゃれたものではない。
入り口を入ると、すぐに小麦粉が入った袋が無造作に置かれ、その横に、申し訳なさそうに少しだけパンが並んだ棚がある。
聞くところによると、村に1軒しかないパン屋で、ホテルで出されるパンも、全てここから購入しているそうだ。
訪れた時間は、すでにこの店のピークを過ぎていた。
パン屋だけに、朝は早いのだ。
表面はカリッと、中はモチモチとしたパンは村人たちに大人気らしい。
リグーリア州は、サン・レモを中心としたリビエラ海岸が細く長く広がり、華やかなリゾート地のイメージがある。
しかし、その背後には高い山が連なり、その中に、トリオーラのようなひっそりとした、そして静かに村人たちが暮らす村が点在する。
きっと、村人たちは自分の住んでいる村の美しさを知っているのだろう。
それでも、旅人にそれをひけらかすことはない。押しつけがましい都会の観光地とは違う、小さな、美しい村を、旅のアクセントに入れてみてはどうだろうか。
トリオーラのフォトギャラリーは以下からご覧いただきたい。
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