筆者自身が、添乗員として実際に訪れた美しい村を紹介する第10回目は、マルケ州ペーザロ・エ・ウルビーノ県にあるグラダーラだ。
この村のほとんどを占めるのがグラダーラ城、そして「イタリアの美しい村々」がこの村につけたニックネームは「フランチェスカとパオロの城」だ。チャイコフスキーの幻想曲「フランチェスカ・ダ・リミニ」の「地獄篇」第5歌に出てくる、悲恋物語の主人公である。
この物語や幻想曲についてはウィキペディアで詳しく書かれているので、筆者が語るほどのことではない。
その舞台となったのがグラダーラ城で、そこに訪れたというだけである。
城壁に囲まれた超ミニチュアの村
ウルビーノからブリジゲッラへの移動ルート上にあったグラダーラは、立ち寄りスケッチにちょうど良い場所だった。
丘の上に建つ村の入口に村役場があり、大きな時計塔が建っている。
「大きな」と言うには、少々語弊がある。
村全体は、周りを城壁に囲まれ一段高い位置にあるので、城壁内に入るには急な坂道を登らなければならない。その坂道の終点に時計塔と入口があるため、下から見上げるととても大きな時計塔のように見えるためだ。
中に入ると坂道はさらに続き、その奥にグラダーラ城がある。城壁入口からまっすぐ続くその坂道はわずか160m、これがグラダーラ全体なのかと思うと恐ろしく小さな村だ。
しかし、実際は違った。グラダーラ城は村のほんの一部で、その周囲、南北2㎞ほどがグラダーラの全体だった。
ほとんどの観光客が訪れるのは城壁の中なので、小さな村と勘違いされるのだろう。
城壁の外は、なんてことない、イタリアの普通の村だ。糸杉並木の道を進むと、地図に名前も出ていないような小さな教会があり、反対側には鷹狩りのショーを行うためのちょっとした公園がある。
だが、めぼしいのはそれくらいだ。
グラダーラ城
どうやら、城壁の上を歩くことが出来るらしい。
入り口にインフォメーションがあり、そこでわずかな入場料を支払うと、インフォメーション横にある階段から登ることが出来た。
城壁づたいに城まで行くことが出来、その途中から、アドリア海を一望できる。なかなか良い眺めだ。ついでに、今日のランチに使えそうなレストランもここ、高見から探してみよう。
グラダーラ城の入口には、遠足で来たと思われる学生たちがいた。その団体と一緒に、場内を見て廻ることにした。城の周りは、緑の芝生に囲まれ、気持ちいい。
だが、中に入ると晴れやかな外部とは一変、気味が悪いくらいだった。
上述の通り、この城は悲恋物語の舞台である。その主人公フランチェスカの部屋は、そこだけ一段と空気がひんやりしているようにも感じた。
部屋の中央には、フランチェスカのものと思われる、古めかしい洋服が飾られている。そして、続きの部屋には聖母マリアの大理石のレリーフ、その前には祭壇のようなものが置かれていた。
訪れた時は、そんな幻想曲のことなど下調べもしていなかったので、この気味悪さが何から来るのかわからなかった。
だが、感じるまま、早々に城を出てきた。
Ristorante Il Bacio
こんな小さい城壁内にも、ちゃんと観光客用にレストランがいくつかある。
ツアー参加者がスケッチに精を出している間、添乗員は少々暇を持て余す。それは、ツアーが順調な証拠だ。
せっかく、素晴らしいほどの快晴なので、オープンテラスのレストランで食事をしてみるとしよう。
「どのレストランに入ったらよいか」と素早く探すのも慣れたものである。店の前に掲げられているメニューにピンッ!ときたら迷わず入るのだ。
そして、それはたいてい外れたことがない。
城壁内のほぼ中心にある「Ristorante Il Bacio」は、その時の筆者の気分にぴったりのレストランだった。オープンテラスからもグラダーラ城が見える。
秋のマルケ州は、「トリュフ」と「ジビエ」だ。
ツアー中は、結構トリュフを使った料理を食べているので、ランチにはあえてトリュフ系は選ばない。
3泊したウルビーノでは、朝食にトリュフ入り卵と、日本人のために白米を出してくれたくらいだ。
ここでは普通にサラダとラグーソースのリングイネ、そしてフィッシュ・フライと、まるでマルケ州に関係なさそうなメニューを選んだ。
しかし味には満足。ランチには十分だし、なにより秋の爽やかな天気が料理に花を添える。
美しい村の基準を改めて考えてみる
時々「イタリアの最も美しい村々」という名前と、そこにリスティングされているだけで、本当に美しいのだと思い込んでしまうことがある。
果たして、「このグラダーラという村は本当に美しい村なのか」と疑念を抱くのは、自分だけだろうか。自分で撮影した写真は、さほどこの城の美しさを写していないが、確かに城は美しかった。
しかし、美しい村の基準は見た目だけではない。
「私が訪れたイタリアの美しい村々 – トリオラ リグーリア州」にも書いた通り、歴史、アート、文化、環境、伝統において特異な小さな村を認定しているのだ。
おそらく、グラダーラはチャイコフスキーの幻想曲の舞台となった、その史実に基づいて認定されているのだろう。
訪れた時に、気味が悪いと感じた城の内部も、ユネスコの文化遺産同様、後世に残していくべきものなのだと思うと、登録理由もうなずける。
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